人は年を重ねる。人生経験や資産が豊かになってその老後も豊かになるはずなのだが、実際は、大事な虎の子を悪質業者に騙し取られたり、資産運用で預けたお金が目減りしたり、健康を害して介護状態になるなど、悲惨な老後を迎える人も少なくない。そのようにならないための準備は働いている現役世代からしておかなければならないのだが、多くの人は切羽つまらなければ考えようとしない。
老齢人口は、年々増えていき、社会保障費も増大、国の財政を圧迫しているが、一方で、日本の金融資産1,571兆円の6割を60歳以上は所有し、消費支出も全体の4割以上で100兆円を超している。高齢者がどういう消費をするかで、社会経済にも大きな影響を与えている。高齢者がどのようにしたら豊かな老後を過ごせるのか、考えてみたい。
「振り込め詐欺」から「母さん助けて詐欺」へ。
警視庁は5月、振り込め詐欺の新名称を発表した。その背景には、「振り込まない」手口の増加がある。銀行窓口やATMから金を振り込ませる手法は、もはや過去のもの。最近では 、被害者の自宅や最寄り駅などで、現金を手渡しする手口が大半を占めている。
手渡し方式が増えたのは、銀行窓口の警戒が厳しくなったり、ATMから振り込める金額が制限されたことがあると見られる。手渡しなら金額に上限はない。現金受け取り役(受け子)が逮捕されることはあるものの、受け子は闇組織にとって使い捨ての存在。組織の上層部の検挙につながることはまれだ。
警視庁の統計によると、昨年(12年)の振り込め詐欺の認知件数は6,348件で、5年ぶりに増加した。今年の1~6月の認知件数も、昨年同期を5割も上回った。被害者の年齢は60歳以上が9割近くに上り、そのうち女性が7割を占めている。
昨年の被害額は約160億円。04年からの累計は、約1800億円に上る。名乗り出ない被害者も含めれば、騙し取られた額はもっと大きいだろう。
振り込め詐欺の被害が最も深刻なのが東京都だ。認知件数は全国の4分の1を占める。昨年の被害総額は約81億円に上り、空き巣や万引き、引ったくりなど「窃盗」の被害額を上回ってしまった。関東地方の被害は多く、神奈川、千葉、埼玉を合わせた一都四県の認知件数は、全国の49%を占める。
東京都消費生活総合センターは去る7月12日、振り込め詐欺をテーマにした消費者団体情報交流集会を開催し、多くの高齢者が参加した。
講演した警視庁犯罪抑止対策本部の高崎光警部によると、最近は次のような手口があるという。
「鞄を電車の中に忘れちゃった」。息子を騙る男からの、こんな電話で詐欺は始まった。実際には存在しない「東京遺失物センター」から問い合わせの電話も入り、母親は本当の話だと信じ込んでしまう。
すると息子から、「実は無くした鞄に、今日の商談で渡す1,000万円の小切手が入っていたんだ」と驚く知らせ。さらに、「今、会社で何とかしているところなんだ。部長さんもお母さんに頼んで、お金を用意してもらっている。鞄自体は俺が無くしたものだから、300万円を補てんしないといけない」と聞かされた。
息子の大失敗で会社が混乱している。部長のお母さんにまで迷惑をかけて。母親の心中はいかばかりだろう。部長も電話口に登場し、「私の監督責任です。申し訳ないですね」と母親に謝るのだという。
こうなると、母親はお金を用意しないわけにはいかない。「このご時世で銀行は警戒が厳しいですから、リフォーム代に使うと言って下さい」と部長から助言をもらい、母親は銀行で金を下ろした。自宅で待っていると、「急きょ、会社で会議が入った。会社の同僚が営業でそっちを回っているから、渡してほしい」と息子から連絡が入る。大金を他人に預けるの不安だが、息子は「大丈夫だって。何なら、受け取りに来た者と、その場で携帯電話を代わって。俺が『大丈夫だ』と言うからさ」。すっかり信じた母親は、自宅に来た男にお金を渡してしまったという。
高崎警部は、「最初は『おかしいな』と思いつつも、電話に登場人物が次々と表れて話をされると、つい信用してしまうようだ」と分析する。
手渡し方式では、様々な理由をつけて、本人が現金回収に来られなくなる点がポイント。もちろん、詐欺なので本人が来られるわけがない。また、犯人は以前のように「オレオレ」とは言わなくなっている。卒業アルバムなどを入手し、実名を調べてあるからだ。
詐欺に使われるストーリーには、「旦那さんのいる女性を妊娠させてしまった。示談にお金が必要」、「会社のお金を使い込んでしまった。今日中に何とかしないとクビになる」なども確認されている。
高崎警部によると、2回、3回と振り込め詐欺を見破った人が、4回目には騙されたケースがあるという。詐欺の手口やストーリーはすぐに新しくなる。報道された時点で、もう古くなっているということもありうる。「自分なら騙されない」という油断は禁物だろう。
実態のない未公開株や社債などを買わせる投資詐欺でも、振り込め詐欺と似た手口が横行している。
まず高齢者に金融商品のパンフレットを送付。販売業者が電話をかけ、「パンフレットが届いたでしょう。将来有望な会社の未公開株なんですが、限られた人しか買えません」と勧誘する。次に買い取り業者が電話をかけ、「限られた人しか買えない未公開株なので、あなたに代わりに買ってほしい。必ず高値で買い取ります」と持ちかける。高齢者が代金を販売業者に振り込み、買い取り業者に電話をしても買い取ってもらえない。そのうち業者に連絡が取れなくなってしまい、価値のない紙切れだけが残るという被害だ。
販売業者と買い取り業者がグルなのは明らかだ。同様の手口で、「スーダン・ポンド」などの外国通貨、「海外のリゾート地の使用権」なども売られている。電話口に複数の人物が現れる手口を、国民生活センターは「劇場型勧誘」と命名して注意を呼びかけているが、実質的に振り込め詐欺と同じだろう。
警察庁も振り込め詐欺の一種としてとらえ、10年から統計を取り始めている。昨年の被害総額は約203億円で、本家の振り込め詐欺を上回ってしまった。
振り込め詐欺や投資詐欺は、「電話」が被害のきっかけになっている。自宅にいる確率の高い高齢者は、その格好のターゲットだ。国民生活センターの統計によると、12年度に全国の消費生活センターに寄せられた電話勧誘の相談のうち、60歳以上の割合が約6割を占めた。
電話に出なければ被害に遭わないが、そういうわけにもいかない。そこで、電話にひと工夫して被害を防ぐ取り組みが始まっている。
通信会社のウィルコムが7月に発表した「迷惑電話チェッカー」は、振り込め詐欺や悪質業者からの電話だと、ランプが点灯して警告する。西東京市は7月から、市内の60歳以上の世帯を対象にモニターを募集し、同商品を1年間無料で設置する実証実験を開始した。
迷惑電話を拒否するサービスはこれまでもあったが、かかってきた電話を二度と受けないように設定する方法が主流。ウィルコムのサービスは、初めてかかってくる電話番号でも、怪しければ警告するのが特徴だ。
迷惑電話を自動で着信拒否する「トビラフォン」の販売で実績を持つ、トビラシステムズと共同した。同社が収集した迷惑電話の番号情報を、ウィルコムの電波を通して迷惑電話チェッカー本体にダウンロード。電話がかかるとデータベースと照合し、迷惑電話に登録されていれば、本体のランプが赤く点灯する。
データベースにまだ登録されていない迷惑電話をとってしまった場合は、本体の「拒否」ボタンを押すと、トビラシステムズのサーバーに番号情報が送信される。その番号がサーバーに登録されれば、他の利用者に警告することが可能になる。
去る7月24日に西東京市内で行われた説明会で、ウィルコムコンシューマー事業本部の桑野博美課長は、「皆さんが拒否した電話番号でなくても、他の方が拒否した怪しい番号だとわかれば、初めてかかってきた電話番号でも警告する。社会全体が持っているデータを皆さんが受け取れる」とアピールした。
警視庁が持つ情報も提供され、現在約2万件の迷惑電話番号を登録。振り込め詐欺犯は電話番号を使い捨てにするので、データベースも常時更新される。システムを使うには、電話会社の番号表示サービス(有料)に加入していることが条件。モニター期間終了後は、月額700円で継続できる。杉並区も同様のモニター制度を実施。ウィルコムをトビラシステムズは現在、モニターを募集してくれる自治体を公募している。
振り込め詐欺を啓発だけで防げないのは、これまでの事例を見ても明らかだ。今後はハード面の対策も充実させる必要があるだろう。
振り込め詐欺の被害が再び増加する中、通信会社のウィルコムなどが、怪しい相手からの電話を警告する機器の導入を自治体に呼びかけている。
この機器はウィルコムが7月に発表した「迷惑電話チェッカー」。電話器と接続して使用する。迷惑電話番号を収集・管理しているトビラシステムズのサーバーから、最大3万件の迷惑電話のデータベースを本体にダウンロード。電話がかかるとデータベースと照合し、迷惑電話に登録されていれば赤いランプが点灯して利用者に警告する。
自宅に初めてかかってきた電話でも、データベースに登録してあれば警告できるのが特徴。未登録の迷惑電話をとってしまった場合は、本体の「拒否」ボタンを押すと、トビラシステムズのサーバーに情報を送信。その番号が登録されれば、他の人の被害防止に役立つ。
西東京市と杉並区は機器のモニター制度を導入。両社は、モニターを募集してくれる自治体を9月30日まで公募。一つの自治体につき100台を2年間無償提供する。
消費と生活 (平成25年9月1日発行) 通巻三一三号 /株式会社 消費と生活社